✔︎今日の本
ミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』(新潮クレストブックス,2015)

Photo: 11/10/14 – back in the multiverse / romanlily

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わたしの結婚相手はわたしより八歳年上で、ということはわたしよりちょうど八年早く死ぬわけで、それはつまり、わたしの人生の最後の八年間が無駄になることを意味していた。その間をずっと泣いて暮らすことになるのだから。

この作品の中にも少し触れられているマイク・ミルズの作品が好きで(彼の肩書きは何だろう?グラフィック・デザイナー?アーティスト?映画監督?)、彼の撮ったドキュメンタリー『マイク・ミルズのうつの話』を観たことがある。日本を舞台に、うつ病で通院している日本人何人か、を取材したもので、アメリカの製薬会社が「うつ病」のキャンペーンをおこない、抗うつ剤を売り始めるまで日本にはうつ病というものの概念はなかった、というテーゼはありつつ、しかしながら「取材」という言葉も何か似つかわしくないような気がするような、マイク・ミルズはそれぞれの人たちの話を否定もせず、過度に肯定もせず、見守るようにただ話を聴き、皆は彼に心を開き、さらけ出すように「自分の物語」を語りだす、という作品だ。
「製薬会社が病気を作り出している!」みたいな社会問題を取り扱うわけではなく、主眼はそこにはなくて、それまで一般的ではなかった概念の病気と診断され、その病気とともに生活する人々の物語がそこにはありのままに記録されている。(マイク・ミルズ自身も後にうつ病と診断され、自身を癒すために描いた花火の絵は、儚さが強度を持って、本当に美しいのだけれどそれはまた別の話。)

そのドキュメンタリーを観て、マイク・ミルズは本当に優しい人なんだな、と思ったし、マイク・ミルズ本人や、この作品に映っている人々すべてが幸せになればいいなと思った。後に彼と結婚することになる、ミランダ・ジュライによるフォト・ドキュメンタリー『あなたを選んでくれるもの』を読みながら、そんなことを思い出していた。

映画の脚本を書くことに行き詰まったミランダ・ジュライが、現実逃避するように(これはリサーチなのだ、と自分に言い聞かせながら)インターネットにはまり、その一方で「ペニーセイバー」という「売ります」広告の載ったペーパーを隅から隅まで読むことに没頭し、一体この広告を出す人はどんな人なのだろう、と興味を抑えきれず、電話をかけ、取材許可のとれた人たちに会いに行くという内容だ。
久しく会っていない友人の近況を知るのも、知りたいことを調べるのも、欲しい物を買うのも売るのもオンラインの中で完結する時代に、わざわざチープなフリーペーパーに広告を出す人たちは、きっと時代に取り残されたような人たちだろうという予測、住む世界が違う人たちだろうという感覚、そういう類の、どうしようもない優越感を彼女は隠そうとしない。優越感を巧妙に隠して、土足で「異世界」に踏み込み、自分の世界のフィルターを通してしか「異世界」を理解しようとしないような、そういうスタンスでは決してない。彼女は、自分自身の中にある優越感もあるのままに受け入れ、「異世界」の人たちと、同じ目線で会話をしていく。

彼女が、一人一人と会い、向き合って見つけたのは、「何年か後にはなくなるかもしれない世界の、最後のきらめき」だった。コンピューターなんて使わない、そういう人もいないくらい、オンラインが日常になる生活はきっとやってくる。そう言えば、マイク・ミルズが撮ったドキュメンタリーに映し出されていたのは、「この前始まったばかりの世界の日常」だった。人生の物語は、ゆるやかに近づいて、結びついて、いつかはまたほどけていく。「悲しくないわけではないけれど、ただ不幸なだけでもなく。」

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